政経倶楽部名古屋支部講演

政経倶楽部名古屋支部様にお招きいただき、講演させていただきました。
三英傑を輩出し、徳川御三家でもある輝ける歴史を持つ名古屋と大楠公との意外な関わりについてお話しする事により、名古屋の方々にも大楠公について、より興味を持っていただけた事、とても嬉しいです。
今回は、大神回天会の松本会長様から賜りました特製の回天ピンバッジを胸に、登壇させていただきました。
以下、名古屋と大楠公の意外な関わりについて列挙しますと…↓
・三英傑の1人・豊臣秀吉が検地の際、増田長盛に命じ、楠公生誕地を免租地とさせ、土壇と祠を築き祀らせた事。...
・同じく豊臣秀吉が、楠公生誕地にあった百日紅の木を聚楽第に移植させ保護した事。
・幕末期、最後の尾張藩主・徳川慶勝公が非常に篤い楠公崇敬者であり、初めて朝廷に対して楠公社創建を建議した事。
また、先祖・楠公の戦後の偏向された評価の為に遭遇した自らの経験を通して、現在の教育が如何に偏ったものであるかお伝えさせていただきました。
さらに、戦前において、楠公の崇敬者であった佐久間勉艇長と黒木博少佐を取り上げさせていただきました。
特に、今回は経営者の方々の研修会という事もあり、佐久間勉艇長の死に際して今後残される部下の家族達のその後の保護についてまで配慮し、最期まで持ち場を離れる事の無かったという、当時国内のみならず国外からも大いに称賛をされた事蹟を通して、彼の沈着勇断さと他を思い遣る心こそ、経営者としてこれからの日本を担われるリーダーにとって非常に肝要とされる資質である事もお話しさせていただきました。

大和倶楽部の篠田会長も遠路駆け付けてくださり、私の為に菊慈童の謡曲をご披露くださいました。

講演後の懇親会では、皆様と大いに盛り上がり楽しく過ごさせていただきました。
お忙しい中をぬって、お越しくださった小牧市議会議員の木村てつや先生、遠路東京よりお越しくださいました塩原様の方々を始め、講演にお越しくださった皆々様、そして、政経倶楽部主催者の皆様には、深く深く感謝です。