活動報告7

(第20回~第23回・特別企画)


第23回楠公研究会

「楠公旗掛松と藤井寺合戦

〜楠公父子に受け継がれた智略」

(令和元年11月22日)

第23回楠公研究会「楠公旗掛松と藤井寺合戦〜楠公父子に受け継がれた智略」は、盛況裡に開催させていただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は、森副住職様の格別なお計らいを賜り、御本堂内にて御法話をいただきました。

 

また、御本堂奥の宝物殿も拝観、また、非公開の後醍醐天皇の綸旨や楠木正成公、楠木正儀卿の真筆等、特別に拝見させて頂きました。

 

 

 

特筆すべきは、大楠公直筆の非理法権天旗がここに現存している事。

 

戦後の学説では、非理法権天という言葉は、江戸期に創作された、などという定義が罷り通ってしまっています。

 

しかし、実際には、大楠公直筆の旗印が存在しているのです。

 


 

 

 

 

境内には、藤井寺合戦の折、小楠公が旗印を掲げた松も現存。
 

 

 

 

正成、正行、正儀3人の忠義の心によって、三つ葉の松葉が現れるようになったそうで、私も、三つ葉をいただき感激でした。

 

 

 

 

 

この度の森副住職様のお心尽くしの御厚遇に、心より厚く深謝申し上げます。

 


 

 

 

 

今回、特に重視したのは、小楠公の事跡について。

 

小楠公は僅か23年の一生であった為に、その類いまれなる才知について認知度が低くなりがちですが、実は、父の正成公に勝るとも劣らぬ、智・仁・勇の優れた叡智溢れる人物でした。

 

実際、藤井寺合戦に於いても、正行は、敵軍七千の細川軍を僅か五百の手勢にて易々と打ち破っています。

 

続いての渡辺橋義戦も言うに及ばず。

 

そして、この才知は、当然ながら、父・正成が子・正行に授けたもの。

 

父から子へ、そして、子々孫々へと家訓家伝を継承していく事の大切さを、楠公旗掛松は私共に語り続けています。

 

 

 

研究会終了後は、有志にて懇親会を行いました。

 

今回は、非常に貴重な秘宝を拝見させていただけた事に、皆様、感激覚めやらず、その思いを共有し合いつつ、親睦を深められました。
   
寒気到来の中、遠路お運びくださいました皆様に、そして、御厚遇を賜りました副住職様に、厚く深く御礼申し上げます。

第22回楠公研究会

天皇陛下御即位奉祝企画特別講義「帝都」

(令和元年10月23日)

令和元年10月22日天皇陛下御即位礼の儀翌日の23日、第22回楠公研究会・天皇陛下御即位奉祝企画特別講義「帝都」を盛況裡に開催させていただきました。

 

さて、今回、学ばせていただいた特別展示は、皇室ゆかりの京都と東京のつながりに焦点を当てた企画展「双京 京の夢、江戸の夢」。
江戸時代以降の文書や絵図、写真などにより、二都の街の移り変わりや役割の相違がよく理解できました。
 
 
 1626年に徳川将軍家が二条城(中京区)で後水尾天皇を迎えた行幸を記した「寛永行幸記」を始めとした近世の洛中洛外図に数多く描かれた一幕は、「徳川の天下」を世に知らしめる政治ショーの意味合いもありました。
徳川家は京都にて、天皇行幸を仰ぐ事により、政権基盤を固める事に成功。
その後、政治や経済の中心は本拠・江戸へ移っていくのですが、これに対して、関東に幕府を遷す事ができなかった室町幕府が如何に不安定な政権であっかという事が浮き彫りになりました。
 江戸期の二都の名所図会は、対比を通じてにぎわいを増した江戸が1700年代後半には文化面でも興隆した様子が窺えます。
幕末維新時に京は一時、政治の中心地となったが、重要文化財「京都府行政文書」をひもとくと、明治政府が事実上の東京遷都を着々と進めたことも分かりました。
 また、京都で行われた大正や昭和の即位礼の貴重なお写真をお見せいただき、一同、大いに感動、感激され、解説をお聴きしつつ、貴重な資料の数々に真剣か眼差しで見入っていらっしゃいました。
 
 
 
 

その後、私からは、来たる大嘗祭に触れ、天皇陛下が国治まり民安かれと祈りをお捧げになられている事、そして、神武天皇以来、道義国家としての道を歩んできた世界に誇るべき我が国の国體についてお話しさせていただきました。

 

 

 
 
研究会後の懇親会も、とても楽しい交流の場となり、皆様と共に歴史談義を楽しみました。
 
ご参加くださいました皆様、そして、大変お世話になりました京都府立京都学歴彩館の若林様を始めとした皆様に、厚く深謝御礼を申し上げます。

 

楠公研究会特別企画

幻の空母「笠置」模型進呈式

(令和元年9月20日)

楠公研究会特別企画・幻の空母「笠置」模型進呈。

 

 

「幻の艦」と称される空母「笠置」。


 

 

完成を見ぬままに終戦を迎え、その就航を見る事がなく静かに役目を終えた戦艦でした。



 

 

その艦に命を吹き込み、「幻」から「現実」へ、史上初の空母「笠置」就航を、その名の発祥地・笠置町にて現実のものとさせていただきました。



 

 

 

当日は、笠置町長室にて、西村町長・青柳副町長お立会いのもと、楠公研究会会員有志と共に、空母「笠置」模型を進呈させていただきました。


 

 




 

 

 

笠置は、大楠公が歴史の表舞台に押し上げた地であり、日本で「皇居」が置かれた数少ない聖蹟。

また、平安時代には、末法思想のもと、世界を救う弥勒信仰の聖地とされ、後醍醐天皇もまた、世界人類の平和を願い、この地を皇居と定められました。

その史上稀に見る歴史的背景から、嘗ては、多くの日本人から尊崇されてきた地が、ここ「笠置」なのです。

 

嘗て、空母「笠置」が果たせなかった就航を、今、笠置皇居のお膝元にて現実のものとする事により、再び、笠置が隆盛し、世界が平和でありますよう願いつつ、この度、進呈をさせていただきました。

製作者は、多度大社神職でもいらっしゃる伊藤様で、神々の御神霊への祈りを込められつつ、製作下さいました。

 

 



類まれなる笠置の歴史が、これからも子々孫々に語り継いでいかれる事を願ってやみません。





 

 

 

また、進呈後は、後醍醐天皇が皇居とされた笠置寺を参拝させていただき、小林前住様からの格別のご配慮を賜り、皇居跡の本堂を特別に開けていただき、笠置寺の歴史についてご丁重なる御教授をいただきました。

お立会いをいただきました皆様、そして、笠置寺の歴史について大変ご丁重なる御教授を賜りました小林前住様に、心より厚く深謝申し上げます。



 

 

第21回楠公研究会

「後醍醐天皇と京都」

(令和元年7月21日)

第21回楠公研究会「後醍醐天皇と京都」を京都市の歴彩館にて開催致しました。
今回は、格別なご配慮をいただき、歴彩館の学芸員の若林正博先生に一つ一つの資料の解説をいただきつつ、国宝の東寺百合文書、重要文化財の東寺観智院伝来文書、京都府行政文書、革嶋家文書などの指定文化財をはじめとした貴重な史料を拝見させていただき、京都の歴史や南北朝時代の時代背景等について、学ばせていただきました。
南朝の事を知る為には、北朝についての正しい認識も必要となります。
また、楠公研究会では、地元の寺社等の方々から現地のお話をお教えいただく事が多いのですが、今回のように専門家のお話を聞く事により、史料の読み解き方の要点を詳しくお教えいただく事もまた、歴史顕彰に必要不可欠な事であると捉え、今回の勉強会を企画させていただきました。
何事も陰陽両面で成り立っており、歴史もまた、表の歴史もあれば裏の歴史もございます。
そのどちらに偏ることなく、いずれをも重視させていただきつつ、連綿と繋がる縦糸の全体像を広い視野で俯瞰していく事が大切です。
本日は、誠に有意義な学びとなりました。
大変ご丁重にご教授下さいました若林先生に、心より深謝申し上げます。
館内の資料室は写真撮影不可ですので、詳しい御写真等のご紹介はできませんが、特別なご配慮をいただき、ラウンジに掲げられている「京の鳥瞰図(複製)」の前で記念撮影をさせていただきました。
嘗て、この鳥瞰図の前で鳩山一郎氏が記念撮影をされたとの事で、素敵な思い出の1枚となりました。

戦前の皇室典範では、即位礼は京都で挙行することが定められており、昭和天皇の即位礼も京都で行われました。

即位礼は3週間程度続くために、その間、首相以下政府要人は京都に滞在するので、京都府庁は臨時内閣府となり、閣議や政務次官会議も行われました。

今回、私どもの記念写真の折に参考とさせていただいた下の写真は、当時の府庁に掛けられていた昭和大礼記念として制作された吉田初三郎鳥観図の前で政務次官会議の記念に写されたものです。

当時と同じポージングで御写真を撮らせていただき、参加者の皆様もまた、歴史の1ページに立たれたような感慨深い記念の写真になられたと思います。


勉強会の後は、恒例の懇親会を行い、皆様それぞれのご感想や相互の親睦を温めておられました。

本日も皆様のお陰にて、素晴らしい会となりました。
遠路お越し下さいました皆様に、心より厚く御礼申し上げます。

 

第20回楠公研究会

「令和維新

~維新胎動の地・賀名生皇居~」

(令和元年年6月7日)

第20回楠公研究会「令和維新~維新胎動の地・賀名生皇居~」は、お陰様をもちまして、盛会裡に終える事ができました。
まずは、賀名生の里歴史民俗資料館にて、吉野朝の歴史について私から1時間半、講話させていただきました。

質疑応答の後、資料館内を見学。
吉野朝の歴史VTR鑑賞に続きまして、北畠親房公墓所に参拝いたしました。

ご参加者の皆様からは、一般的な歴史講座では知り得ぬ史実を知る事ができたとのお声もいただき、とても有難く、恐縮しております。
勉強会の後は、賀名生皇居である堀家住宅にて懇親会を行いました。

ご当主の堀丈太様、そして、ご当主のご母堂様より、堀家にまつわる歴史や貴重な資料を拝見させていただきました。

堀家様自家製のケーキとコーヒーをいただきつつ、参加者の皆様相互に、交流と懇親を深めていただきました事、とても嬉しく存じております。

この度の研究会にて、会場としてのお心遣いをいただき大変お世話になりました「賀名生の里歴史民俗資料館」の鍵本様に、心より厚く深謝申し上げます。
また、懇親会にて、貴重な資料をご教示いただきました堀様にも、重ねて深く御礼申し上げます。